秩父郡市医師会は「地域の皆様が安心して健康に暮らすこと」を目的にさまざまな活動・提言を行っています。

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秩父郡市医師会の沿革

秩父郡市医師会の沿革

西暦 和暦
1837 天保8年 秩父郡大野原村(現 秩父市大野原)医師 大野玄鶴は、「秩父志」を著した。
1852 嘉永5年 大宮郷柳島(現 秩父市東町)の医師 伊古田純道は、秩父郡坂本村(現 飯能市)において秩父郡南川村(現 飯能市)在住の医師 岡部均平とともに日本最初の帝王切開を実施。
1868 慶応4年 伊古田純道をはじめ医師19名は協約書をもって、利達を求める医道の頽廃を嘆き、学問をすすめ、医祖の志に違わぬことを約定した。
1907 明治40年 埼玉県知事の認可を受けて秩父郡医師会誕生。
初代会長 堤新六(会員37名)
1915 大正4年 2代会長 岩田鹿太郎
1922 大正11年 秩父郡学校医会設立。
1926 大正15年 3代会長 岩田丈五郎
1930 昭和5年 医師会立軽費診療所を建設。当時経済不況下で困窮する町民の診療に当り、歳末には無料診療を行った。
1936 昭和11年 4代会長 片山勝蔵
1938 昭和13年 5代会長 近藤寿一
(会員47名)防空救護班設置、出征会員3名。
1940 昭和15年 秩父郡医師会立秩父産婆看護婦学校開校。
1943 昭和18年 秩父軍医会発足(三上重衛、花輪吉夫、佐藤喜一、伊藤純夫、石垣朝浩)。
厚生省令により秩父郡医師会は埼玉県医師会秩父支部となった(支部長 近藤寿一)。
1945 昭和20年 終戦。
1946 昭和21年 6代会長(秩父支部長) 金子元春
1947 昭和22年 結核治療を目的として秩父医師会病院開院。社団法人秩父医師会が改組発足。
1948 昭和23年 7代会長 松本秩夫治
1950 昭和25年 8代会長 近藤寿一
秩父町の市制施行に伴い、秩父郡市医師会と名称変更。
1953 昭和28年 秩父郡市医師会立秩父准看護婦学校開校(秩父産婆看護婦学校閉校)。
1959 昭和34年 9代会長 花輪吉夫
医師会病院、患者減少にて閉鎖。
1960 昭和35年 10代会長 落合文平
1964 昭和39年 秩父市内医師による在宅当番医制発足。
1966 昭和41年 11代会長 近藤信一
1967 昭和42年 秩父郡市医師会報発刊。
1968 昭和43年 12代会長 井上 要
1970 昭和45年 13代会長 長又義行
准看護婦学校校舎、老朽化のため、秩父市立病院用地内秩父保健所跡へ移転。
1973 昭和48年 医師会立休日診療所開院。
1976 昭和51年 14代会長 井上 久
1981 昭和56年 新医師会館(付・休日診療所、准看護婦学校)落成。
1996 平成 8年 15代会長 千島洋秀
秩父地域産業保健センター設立。
1998 平成10年 秩父准看護婦学校閉校。
1998 平成10年 秩父看護専門学校開校。
2002 平成14年 16代会長 三上俊衛
2004 平成16年 平日夜間小児初期救急医療体制開始。
2006 平成18年 17代会長 石塚敬太郎
2007 平成19年 平日夜間小児初期救急医療体制の一部を変更、 秩父市立病院内で診療開始。
2008 平成20年 秩父郡市医師会創立百周年記念式典開催。小鹿野中央病院へ開業医の支援体制開始。
2010 平成22年 18代会長 花輪峰夫
二次救急病院へ開業医の支援体制開始、休日診療所1名体制、繁忙期2名体制で開始、在宅当番医体制の診療時間が明確化される。(午後6時までとし、それ以降は二次救急病院が対応)
2011 平成23年 岩手県立大槌病院へ救援物資配送。埼玉県医師会へ義援金(500万円)を送金。
2012 平成24年 19代会長 新井政幸
秩父病院にて緊急時用在庫血液製剤保管開始。
2013 平成25年 一般社団法人秩父郡市医師会へ移行

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